禅数秘の数字観

禅の心で数を読む

禅と数秘がどう結びついているのか? については“自分をきわめていく”という点で、アプローチは異なるけれど、両者は相性のよい智慧と叡智です。智慧と叡智とはどう違うのだろう?

智慧の慧はもともと、ほうきで心の塵を丁寧に掃き清めてゆくなかに、「知る」に隠れている「日(太陽)」=智 に出会っていく姿が「慧」と「智」の2文字に込められいます。すでにそなえられているあなたの中の光。智慧は、もともと個人的な体験(ほうきで心をなでる日々)から出発し、修行を通じて磨かれていく人間性に基づきます。人から人へと智慧の灯火がリレーされ、人を通じて伝えられていくものであるのに対し、叡智は、個人的な香りが薄く、感覚知覚された世界を思考によって体系づけられ、共通性を特徴として、万国に通じる普遍性をもち、時代を超えていきます。叡智の作者は個人というよりもチーム感があります。

数千年前の叡智と言っても数年前の叡智とは言いません。古代の知的な宝もの。国を超えて引き継がれて、今なお生きているものです。禅は個人的な問題解決から、人類共通の普遍的な智慧に進化した点では稀に叡智と言われもします。数秘学そのものは、この世の森羅万象を対象とし、万物は数字の振動でできているという観察と検証から出発して、いつの頃からか神の意識に近づくカバラの教えと共存して、今に至っている点では、禅的な修行面ももっています。

禅数秘は両者の修行的な側面を排除し、個人的な体験智と、普遍的な叡智の両者を生きながら、楽しく完成させていく道づくりです。面白いことに、現代数秘学は生年月日とお名前からあなた独自の数字のコードがあらわれ、どの数字がどの位置にあるのかによって、独自の意味を放ちます。自己分析するにはとても優れています。反対に禅は、坐る行為は個人的ながら、坐る行為の型は日本で800年前から、インドから数えるなら2500年の歴史があります。

坐り方は、国を隔てず、人種も世代も関係ない点では、やることは一緒です。禅を体験すると、自我が薄れていく感覚を伴うようになります。個の存在が何ものかに支えられている思いで溢れてくると感謝や祈りの思いとともに、オールオッケーの自己肯定感が強化されてきます。頭の理屈を離れて、体験、体感として肯定感に圧倒されていきます。もし、あなたが理屈に走りやすい傾向を感じられるなら、禅は新しい地平をあなたに授けてくれるでしょう。禅は全肯定です。厳密には自分と自己を区別します。自分肯定感とは言わず自己肯定感というのには、禅ラーニングでその違いが明確に識別されてきます。        

対して、数秘は全受容の教えです。同じ数字をもつ方は誰もいません。結果がどんなに似ていても1箇所2箇所は異なります。異なっているものどうしでOK。違いを喜びながら、違いを楽しみ、善悪も是非を問わずにほほえみあう。違うものどうしで、素晴らしさをたたえあえながら、持っている数字の力で持っていない数字の持ち主をお互いにカバーしていく。そして両者でハッピーでいる。禅も数秘も出どころは異なるけれど、到達する世界は一致するのです。

12数字を禅でととえる

  数字は「ニュートラルであること」がもっともパワーを発揮します。


   禅の教えは、両極を離れた中道(中庸)をつくり続けることとリンクします。
   つくり続けるには、文字から入るのでなく文字から離れ、禅呼吸に親しむことです。
 
   禅数秘では、「もうひとつの概念」を尺度において数字を精確に見極めます。

数秘1

 自ら新たに始める力に溢れている「1」のパワーの源はまさに太陽のエネルギーです。

 周囲に熱量を注ぎ込み、陽気で明るくよく話す! 一緒にいるだけで元気になり、1の方がいるだけで空気も一変します。一匹狼、一方通行、一時的、「一」のつく漢字をみても、1の資質をよくあらわしています。孤独に強く、発信力も高く、始めるのも早いが終えるのも早い一面をもちつつも、何よりも魅力はスピードです。ナンバー1、オンリー1、そしてファースト1に示されるように、1は「速さ」に価値を置くため、テンポの合う人を好みますが、スロータイプな方からみると「ちょっと待って、じっくり考えたい」と感じることもあるでしょう。聴く力が備わるとより魅力アップしますが、スピードこそ1が成功していくには不可欠です。返信の速さや、会話ひとつでも相手が話している間に次を考えてアイデアが湧き出てくるテンポ感と聡明さに魅了されます。また自分の価値観をとても重んじるので意思を尊びます。

だからこそ、禅の立場から言えば「しっかり立ち止まる」ことが1をもつ方には重要です。実際に、坐禅が好きな方も多く、頭の回転の速さや、未来志向で次々と先々を考える思考と思考に伴う言語に溢れ過ぎていると思ったら、身も心も自らを静寂に帰していくことです。しっかりオフ「静」をつくることによって、オンタイムの「動」がまた冴えてきます。「動」のために「静」の時間や空間を取り込むことにより、過信や慢心、盲目さや一途に過ぎている自分を俯瞰することができ、1の力がととのられてきます。

数秘2

 1が昼間の太陽の陽なら、2は夜になるとあらわれる月の数字。陰と陽なら陰の数字。
 1の反対数字である2は、自分の軸ありきの1とは反対に相手ありきの相手軸の数字です。

昼と夜で1日であるように、太極図にあるような陽と陰との双方でひとつと考えるのが2の思考回路です。相手がどうしたら楽になるだろう? そのために何ができるだろう? と思いを馳せる想像力もたくましく、相手を観察して動くセンスは、ヒントから着想する芸術性として発揮する方もいます。相手の望むであろう気配りや親切が無理なく自然とできるのは2の強みです。気配りの達人として成功することもできますが、上に立つ、前に出るよりも、補佐したり裏方でいるほうが落ち着くので、1らしく見える2をもつ方はその誤解がとけると「分かってくれている」と深い安堵感を得ることができます。本当は地味で控えめなほうがしっくりきます、その時に鍵になるのが「誰と一緒に生きるか?」という相手を確かめる眼力です。

2の力がニュートラルに発揮できるよう禅からのギフトは「考えるのでなく感じる」ことです。陰の数字ということはネガティブな思考に陥りやすさもあります。とくに「どうせ」「だって」「でも」といった3D口癖や、自己卑下や先延ばし、他者との比較は、2の力をいとも簡単に削ぎ落とします。禅は、陰によらないパワーをくれますし、自身を俯瞰してみる客観力も与えてくれます。恐れから生まれる心配性で落ち着かない自分を感じたら、心配よりも信頼です。「流れに身を任せて」受け止めてみることです。ただし、相手軸の数字だからといって、流されることとは異なります。自然にそうだと感じられる自らの感性と仲良くなります。

数秘11/2

 2は2でも1の力をダブルで内包する数字。2は女性性1は男性性という捉え方をする点では、男性は女性性高く、女性は男性性を生かした生き方ができる数字です。

  

鍵になるのは「アイデア」「ひらめき」「インスピレーション」といった1にも2にも通じる直感を行動に転換することです。1は能動、2は受動ともとらえることができ、11/2は母体が「2」であることから基本的には相手ありき、依存対象ありきの生き方を好みます。身体という器をつかって感性で受け止めていくなかに、自らの「1性」を直観で磨きあげていきます。(直感と直観の違いについてはまた別の機会に)。2のなかの11が現れ出ている時、聴くのが好きな2が、よく話す1にスイッチチェンジします。発信力となって現れる1の言葉の中には2の情感が内包され、熱量を帯びた言霊となって人の心を動かすメッセンジャーの役割を担うこともあります。ただし、言葉の責任が軽くなると「調子のいい人」「ウソつき」呼ばわりされることもありますので、おとなしい2が過剰な11となって現れる時こそ要注意です。

11/2と禅はよく馴染みます。11/2を中道的に発揮するのに大切なことは身心の状態をよくしておくことです。意図的にくつろぎを与えること。ひとりの時間にひたってみること。デジタルデトックスし、人の気配を消すなどして、アンテナ2本の11状態の神経が尖らないようセルフケアすることです。メンタルだけでは休息が足りない場合は、腸の解毒をオススメします。
腸脳相関。腸の調子がよいと脳の調子もよくなり直感も冴えてきます。メッセージを受け取ったら、メモして留めておきます。11/2は、忘れっぽいところもありますから。

数秘3

 1の男性性と2の女性性との間に結晶体として、次なる存在として生まれ出てくる子どもの力がそのまま3。2で受け止めて1で反応呼応していく人志向の数字です。

 子どもときいて思い浮かぶものを、いくつになっても携えている3の魅力は社交性。2で聴き1で話すリアクション力は、ユーモラスに空気を和ませてくれます。実際、3の持ち主は夢を語り、未来を言葉で輝かせていきます。そのために3らしく功を成していくのに必要なのは出会いと人脈。相手が心を開いてくれるよう振る舞えるかどうかが3の生命線。2の観察力と当意即妙な1の働きかけは、ノリのよさやトピックに花を咲かせるモチベーションアップには最高の力です。クリエティブやデザインフィールドといったパフォーマンス業に向いています。ただし、会うたびに夢が変わって大きな話をしたり、その場のノリで社交辞令だったと後から認識されると信頼はあっけなく失墜し周囲から相手にされなくなります。

人生はイルージョン。イルージョンだからこそ創造的におおいに楽しむことを禅は伝えてきます。禅の心で3を読むなら、「存分に楽しむこと」「世間体や型にとらわれることなく融通無碍に人生と遊ぶこと」です。2と1でできている3は、2の気遣いが強すぎると1の出番がなくなってしまいます。2に入り込んでいると思ったら1をよく意識して、時にバカをやってみることです。人目や恥じらいを気にすることなく人生とダンスすることが3の原点なのです。

数秘4

 「気づき」の数字 「道」の数字 最も禅の心と通いあう数字 BE JUST BE.

  
 東西南北 四方八方 前後左右 四字熟語で示される空間の4方向。空気を読む3の次の数字4は建物であれ部屋であれ窓枠であれ、4に象徴される空間のなかでくつろいでいられるかが重要な数字です。刺激欲しさに窓から外を眺めて退屈を感じるのでなく、今この瞬間をありありと感じとり、身も心もゆるやかである自然体でいることはそのまま禅の姿です。空間を清潔に保ち単調に生きることによって意欲が生まれてきます。そして4はやり遂げます。

 ところが、四角四面の4としてマインド(思考)に偏重してしまうと、規律を守る。ルールを守る。決まりを守る。約束を守るといった具合に、守る生き方で年月は過ぎ去ります。しかしながら、守っているものはどれだけ確かなものなのでしょうか? 親から言われたこと。手痛い経験から安全な枠に自らを追いやること。社会にでてから厳しく躾けられたこと。そのいずれかであったとしても、過去のものであることに気がつくことが禅の心で4を生きる秘訣です。気がつくためには、暮らしをととのえ、ととのえられた空間に身を置いて、ほのかさをみてとり、鳥の声、植物の育ち、川の水音といった小さな変化を愛で、そのなかに、大きな世界を自らの心に広げ育てあげることです。あなたにとってのありのままの姿を生きることです。

数秘22/4

 2は時に吸引力を意味する場合があります。引きつける力2を2つ内包した4。22/4としてでた場合のテーマは「現実」です。現実をつくり、現実から学び、現実と密接に成長します。
  

 想いは現実化することは、すでに周知の通りです。意識を先行させること、意識をカラフルにデザインすること。平たくいえば引き寄せること。2の想像力と吸引力をダブルで運用していけるかどうかが鍵です。注意したいのは、2の陰が強い場合は、陰の力をも引き寄せてしまうこと。2を持っているということは、注意深くなければ流されてしまうし、心配でさえも現実化してしまいます。禅の心を22/4に生かすなら、敢えて思考停止することです。望む未来に向けて、想像の翼を広げることにフォーカスし、過去から出づる心配や最悪の事態の想定、悲観的なものの見方は、得意だからこそやめておきます。

 もうひとつ2の特徴を22/4に有効活用するには、繊細に感じ取ったことは、言葉にするだけでなく実行していくことです。2で感じとり4で実行! 実行して完成!! このリズムを習慣化することで生かしにくいと言われる22/4のパワーを息づかせることができます。時間はかかるかもしれないけれど、あきらめずに根気よく粘り続けることで、ビジョンに出現した偉大なる設計図が精度高く完成していくのです。

数秘5

 感じたらすぐに動く感動の数字。五感で感じて感応を生きる本能が燃え盛る。

  

 4の次であり4とは真逆な性質をもつ5の力は「変化を通じて成長」していきます。守るよりも改める。伝統よりも革新。既存を超えて挑戦していく姿は人の心を揺さぶります。食べたい時に食べ、遊びたい時に遊び、眠りたい時に眠る。一見プリミティブでワイルドな魅力を放つ姿は、本能のままにシンプルを生きる意味では、余計な思考が入りこむことなく禅的です。むしろ高度な知性を生きているとも言えます。あまりとやかく難しい理屈を並べて言い訳するよりも、やってしまうこと。身体に変化を体験させて進化することが5の真実です。思考は恐れは生み、身体意識はライブを望んでいます。ただし、解放されたさや刺激欲しさから、発散方法を間違えると買い物やギャンブル、アルコールやセックスといった依存気質が頭をもたげます。ストレスを感じたら、早めにガス抜きに動くこと。溜め込むと火種となって後で本当に火傷してしまいます。刺激、快楽といった禅からはほど遠い体験を一時的にしたとしても、それは執着点でも終着点でもないことに気がつき、体験を通じて中道をつくり続けることです。
じっと静かにしているよりも「動き禅」から気づきを得るほうが5らしい禅の道です。

数秘6

 愛という名のもとに、相手と自分とに丁寧に関わることで健やかな美が育まれる。

 愛、美、パートナーシップ、家族、地域、継承、教育、伝道、審美眼、洗練、環境といった人間として「美しくある」ことがテーマであり、その心に愛が流れているかどうかが、周囲にも自分にも分かりやすく現れでる数字です。もし、6に愛と美を感じるなら、瞳の奥から微笑んでいます。もし、そうでないなら、アタマで正義をかざし続けます。義務、義理、疑義、道理や筋道にかなっているかどうかを気にすることは、一定量は大切ですが、正しくあることにとらわれ続けると、禅の道からは外れます。なぜなら、正しさは人間の頭の数だけあるから。「すべき」「すべきでない」「そうするのが常識でしょう」「周囲が気にするからさぁ」と言った言葉を言い続けていたら、そこに愛と美を感じることはできるでしょうか?

 6が自然にできることで最も禅らしく生きる姿は「人に交わり人から学び、人によって美に磨きをかけていく」ことです。自分のアタマだけの世界観で人を正邪のふるいにかけてジャッジするのでなく、批評や批判を加える前に、自分のことを棚上げしていないかどうか? 人のふり見て我が身を問い直す。表面や結果だけを並べたて他人ごとにし、正しい意見を述べる前に一呼吸。「もし自分だったら?」と自分ごとに推し量ることで、相手の立場に心で寄り添い、許しの心を思い返していく姿そのものが美と誠を育て、身口意の三密で自分に嘘をつかない責任からの潔さとなって、内にも外にも人間美が輝きを放ち続けます。

数秘33/6

 6の母性のなかに無邪気な子どもを2人抱える人志向の小さくて大きな可能性。
 三十三間堂。三十三観音。人間と覚者との間をつなぐ菩薩ナンバー

 

 気遣いの3 アーティスティックな3 臆病な3 さびしがる3 シャイな3 3のもつ陰の部分を自覚し、自分だと思ってしまっているのなら、そのパワーの真実の使い道と出会うのに、長い道のりに感じるかもしれません。しかしながらもし、魂が望む道に出会うなら、人類の心に美しい希望の虹のかけ橋をかけるように、その世界の未来を輝かせる存在に化けます。
そのために必要なのは、身近な人に愛され好かれることです。3は可愛がられる魅力を備え、6は愛されるに相応しい美学を生きます。3も6も人間が大好き。人の縁で幸運をつかみ、人の縁で衣食住もライフステージに相応しくととのっていきます。ということは? どんな風に普段から可愛がられるよう振る舞うか? ふだんから人のお世話をかって出ることです。もし、既にそうされているなら、両者の調和がとれているのかセルフチェックです。

33/6の力をそのまま生きたらまさに菩薩の数字を生きる姿です。菩薩の道は禅の道。自分はいつでも目覚められるけれど、困っている人のために、敢えて留まり、与楽抜苦していくこと。しかも痛々しくなく、可愛くユーモラスに。この世の常識の枠を超え、融通無碍に言葉で遊び、仲間と楽しむ姿そのものに愛が通っているのであれば、6の愛は熟し、3の無邪気さが天衣無縫の魅力を放ち続け、愛され好かれながら大きな影響力をもつ人物に変わりゆきます。

数秘7

 直感で得られた答えはロジックで説明可能、知性で再現可能なものにする愛の人
 
 直感と直観。似ているようで微細に異なる感性と思考から、その時に訪れるテーマを精確にとらえ続け、感性と知性とが調和する世界観を創り出していきます。知ることが好き、調べるのも好き、学ぶのも好き、そして自分の頭のなかに秩序をつくり、思考を整理することに秀でていきます。さらに、「そこから何が言えるのか?」最新の自分なりの結論をアップデートすることが楽しくて仕方ありません。そのために頭脳を使うのはへっちゃらで、膨大なデータでも細やかなステップでも、「なぜそうなのか?」という裏付けづくりに萌え続けます。専門域に強く、精通する能力は職人や研究に進化し、感性よがりにならず証明可能にしていくセンスは、普遍的な価値として感動を呼び込みます。ただし、「1」「7」と形が似ている2数字に言えるのは、“ひとりの殻に閉じこもれてしまうこと”です。思考過多、頭でっかちに感じたら、目の前の一人を大切にして気を配ることで周囲の方と情が通い応援されていきます。

 禅的な観点で7をととのえるには、右脳と左脳とのバランスです。対象について思考することがいくらでもでき、優れた分別能力で思慮深く観察する強みが、心の動きに向けられるなら、そのまま心の内側をロジカルに言語化する人類の気づきの喜びに昇華します。心の働きは全てがロジカルに説明可能なのかどうかというと直感が必要になっていきます。一瞬の直感で受けとった認識を普遍化するかのように、研究するテーマを冷静に客観性を伴って研ぎ澄ます力は直観を鍛え、ひとりよがりにはなりません。個人的なテーマが普遍的になる。このセンスを生きることこそ7の愛なのです。

数秘8

  関わる方の豊かさに身と心を誠実に働かせる姿が真のアヴァンダンスを生み出してゆく

 

 目的と合理化、推進・拡大・展開。偶数のなかの最大数8は、ひとりできるサイズを超えて、洗練されたビジョンを掲げることと、仲間やチームを有機的に稼働していくオーガナイズ、さらには、結果のために労を惜しまない緻密な戦略とプランニングという3つの力が調和する時、8の力は最大限に発揮されます。こう読むと、男性的な印象をもたれやすいものの、女性の場合でも、これらの力は知略によっていかんなく発揮されていきます。後半の数字になると頭を使って、現場と俯瞰と先手を打つことに注意を巡らすことが大切です。後手に回ると8の力は発揮されません。先を見通した時に訪れる感性を、人の力を借りながら意思を大きく育てていくことで8の器は盤石となり、吸引力、結束力が生まれてきます。もし、あなたがそう感じるなら、8の流れが生まれてきています。8に似たかたちの雪だるまをつくるように小さく産んで大きく育てていく中に、8の気づきと学びと実行と感動に満ちる人生になります。

 豊かさを手にしていくという得る価値観をもつ8からすると、手放す禅の価値観とは、一見真逆のように感じますが、根っこはつながっていることに気がつくことが禅の心で8を生かす道作りです。知情意の調和が取れていることは8が8として生きるには必須になってきます。8が最も陥りやすいのは、拝金や利傾といった初心からズレていく欲望のコントロールです。「誰のために」「なんのために」といったそもそも論を自分に投げかけ自律していくことで、手離れていくものを見極め、自然なかたちで得られていくよう総動員で応えていくことです。

数秘9

  すべての数字を含めもち、次世代の幸せのために統合された世の中を創り出す

  

地球の球は数字の9と言ってもいいほど、地球と縁のある数字。地球1周を丸のかたちに例えるなら、円は360度 ▶︎ 3+6=。1分間の波の数は18回 ▶︎ 1+8=。また、人体の平均体温は36度 ▶︎ 3+6=。1分間の平均脈拍は72泊 ▶︎ 7+2=9。

宇宙の波動と人体の波動とは9でつながっています。9の持ち主の視野は地球規模。グローバルスタンダートな思考で広く世界を見渡し、恵まれていない国や地域の子どもたちを気にかけ、反対に近隣で困っている方に手を差し伸べます。救済の9とも言えるヒューマニストぶりは、どのジャンルやフィールドでも、弱者の味方です。1ー8のすべての数字を含みもつ点は共感能力にすぐれ、相手の立場にたち、全体調和を重んじる総合判断に一目置かれる存在になるでしょう。博愛の生き方は、時を超え、場所を越え、公的なミッションに目覚めていきます。誰かのために、未来のために、より慈悲深い世の中をつくり出すことに幸せを感じます。

「放てば手に満てり」禅の真骨頂が9にはふさわしく、何を手放すか?=何を信頼していくか? 何を手放して、どんな信頼あふれる種をつくり続けるか? といった「選択と集中」こそが、博愛の数字だからこそ、実は重要なのです。信頼の絆でつながる人たちに囲まれていることが9らしく生きているかどうかの分かりやすい尺度なのです。

禅数秘の数字の生かし方

 とらわれはすべて、自らの心のうちがつくり出したもの。心のとらわれから解き放たれた時、融通無碍な心が遊び始めます。心が自在であること、これこそが禅が目指すひとつの境地です。ところが、得てして私たちは、ものごとを難しく捉えすぎていないでしょうか? 深刻にしすぎていないでしょうか? それは全て、アタマがしでかしていることです。その事実を当たり前にして生きる癖がついてしまうと、融通無碍、自在とは反対の方向に進みます。牢獄にいるかのような窮屈さです。そしてその観念や思い込みは記憶と思考によるものです。

 もし、思考が強い、言語で説明ばかりしている脳みそを感じるなら、数字のチカラはアタマにとどまったままです。禅の好むところではありません。禅からみると面白くないです。それよりも、アタマがパンパンになることを感じたら、呼吸でハラに落とすことに志向してみましょう。チカラはハラに落ちると、動き出したくなるのです。難しく考えるを億劫がります。誰かのために何かしたくなるのです。もし、そういう生き方を好んでみたい方は、禅数秘は、はかりしれない深遠さと、愛し愛されてやまない人生のメルクマールを浮上させてくれます。

error: Content is protected !!